うるわしの島セイシェル
11月11日(木)
いよいよアフリカ大陸が目前になってきた今朝7:00にトパーズ号はヴィクトリア港に入港した。
明け方の薄明かりの中に島影が次第にはっきりと見えてきた。そして、町の灯りも見えてきた。
いよいよアフリカの玄関口とも言うべきセイシェル諸島の首都にあるビクトリア港へ入港だ。
正面に見えるひときわ高い山は何という山だろうか。この島は火山島なのだろうか。柱状節理
と思われるような岩肌が木々の間から見えていた。この島の生い立ちについては調べた事は
ないが、海底火山が隆起したものではないかと思われる。
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久々の上陸である。この日を待ち望んでいたみんなは朝早くからデッキに出て黒い島影が近づくのを見続けていた。(写真左)
明るくなり始めた空をバックに家内の写真。(写真右)
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やがて、朝日が水平線から顔を出す頃、黒い島影は今までよりずっと間近に見えてきた。私と朝日。
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デッキに並んで近づく島影を見つめている乗客。彼らの姿が朝日に照らされ黒いシルエットになっていた。(写真左)
島の近くには二艘の軍艦が停泊していた。果たしてこの国の船なのだろうか。(写真右)
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朝日が水平線から離れるに従って、空は明るくなり島の姿もくっきりと見え始めた。緑濃い島の姿だった。
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沖に停泊して待っているとタグボートが近づいてきた。トパーズ号を迎えに来たセイシェルのタグボートだ。(写真左)
しばし雲に隠れた朝日。雲の間から洩れた光りが放射状に広がって大変きれいだった。(写真右)
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セイシェルは遠目にも美しい島だった。今日一日が大変楽しみだった。
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船が港にはいると島の姿はもっと鮮明になった。すべてが緑に覆われているように見えた島だったが
中腹は切り立った崖になっていて岩が露出していた。
下船が可能になった8時過ぎに船を下りた。雨期だと聞いていたが意外に湿度は低いようだ。
気温もさほど高くはなく実に快適な温度だった。殺風景な港の景色の中で目に飛び込んで来た
のは、ハイビスカスをはじめとする色鮮やかな南国の花であった。町を通って海へ行くバスを
待つ間、早速、カメラのシャッターを切った。(これが旅日記の目次に貼り付けている写真)
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上陸許可が出るとじっとしておられなかった。早速、一時下船し港周辺のものを写して廻った。
合歓(ねむ)に良く似た花(写真左)、豆科の植物だろうか、アカシアの葉に似た先には赤い豆のような実が付いていた。(写真右)
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南国の花はいずれを見ても色鮮やかだ。ハイビスカス(写真左)とマツリカに似た赤い花。(写真右)
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以前からあるものなのか、それとも私達の船が着くのを聞いて設置されたものだろうか、色鮮やかなシャツなどを売る店が建っていた。(写真左)
ハイビスカスの花とピースボートと大書されたトパーズ号を写してみた。表紙にも使っている写真である。(写真右)
制服の女性は税関のお役人だろうか。私達の下船が終わるまでこの港にいた。
この日の同行者は私たち夫婦と仲間5人だった。家内の友達であるMさん、私と水パをやって
いたSさん、同じく水パの若者であるS君、そして一足先のバスで出発した家内の知り合い2人
がいた。
バスは町の中心部を通って一山越えた海岸に着いた。駐車場した場所の周辺は大きな木々
に覆われていた。その木々の間から明るい海が見えていた。白く長い砂浜があり海があった。
海の彼方には小さな島があった。
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港からバスに揺られて港の反対側にある美しい海岸に着いた。
海岸の周辺は鬱蒼とした熱帯の木々に覆われていた。
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何の実だろうか。ギンナンのような形の実がたくさん付いていた。(写真左)
これは決してマフィアではない。(写真右)
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白い砂浜が海に向かって大きな弧を描くように広がっていた。
海に向かって左側(写真左)、海に向かって右側の海岸(写真右)
海岸の砂はまるで砂時計の砂のように細かくさらさらだった。早速、水着に着替え海に入った。
水温はほどよい温度だった。大きな波、小さな波が繰り返し押し寄せてくる。大波と言っても
決して荒波ではなかった。波に身をゆだねているとゆらゆらと実に快適だった。
太陽が次第に高くなってきた。そして、大勢がこの浜へ来る頃になると海はコバルトブルーに
輝き始めた。何段階にも微妙に異なる青色が沖まで続いていた。
また、海中には大きな魚が泳いでいて恐れ気もなく私たちの足下に近づいてきた。水中眼鏡
でのぞいてみたが、魚体が白っぽく海底の白い砂と砂の濁りにかき消されて水面から見ている
ようには見えなかった。この白砂が魚自体の保護色となっているのだろうか。
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海は遠浅になっていたが、意外にうねりは大きく立っていると浜に向かって押し上げられるような力があった。
家内と私。(写真左)
大きな岩が折り重なるようになっている近くまで行ってみた。この大岩の先は石畳のようになっていて
表面は非常に滑りやすく危険だった。(写真右)
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砂は非常に肌理(きめ)が細かく、固まると石のように固かった。そこに今日の日付とピースと書いてみた。(写真左)
観光に来た人だろうか、あまりにも可愛い男の子だったので一枚撮らせて貰った。(写真右)
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太陽が高くなるにつれて海の色は多様な変化を見せ始めた。同じ青色とは言いながら、こんなに多種多様な色を見たのは久々だった。
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木陰で休んでいるSさん達、彼女はここの景色をスケッチブックに描いていた。(写真左)
私達を迎えに来たバスが浜の入り口で待っていた。(写真右)
私たちは少し早めにここを引き上げた。一度、トパーズ号まで戻りシャワーを浴びて、再び町
まで引き返す予定にしていた。しかし、丁度良いバスがなかった。予定を少し変更し昼食をとる
ことにした。バス停近くにあった有名なレストラン、パイレーツ・アーム・レストランに入った。既に
大勢の人が入っていた。大半は外人観光客や私たちピースボートのメンバーだった。
隣の席に座っていた若い子のグループに何を注文したのか聞いて同じようなものを注文した。
お勧め品はチキンカレーとピザだった。出てきた料理のボリュームには驚いた。とても一人では
食べきれないほどの量だった。私達はMさんとお互いに注文した料理をシェアして食べた。
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私達が昼食を食べた町で一番大きいレストラン、この日も大勢の客で賑わっていた。(写真上)
肉料理にピザ、いずれもボリュームたっぷりであった。(写真下)
昼食後は一度船に戻り、シャワーを浴びて先ほどの場所へ引き返した。この周辺には銀行
や郵便局を初めとしてこの町の主要機関や建物が集まっていた。
また、郵便局のある交差点には古い大きな時計台が建っていた。この時計台は、かつてここ
がイギリス領であった時に建てられたもので、イギリスのロンドンのビッグベンを模したものだと
言われていた。
また、市内の小さな川には白と黒のまだら模様の魚が泳いでいた。木々の間を飛び回る鳥
には色鮮やかなものがいて珍しく何度もシャッターを切った。色んなお店があった。観光客向け
の店もあれば、日用雑貨などを売っている店もあった。大工道具を売る店には携帯電話も置
いてあった。携帯電話の普及はこれからのようで持っている人はあまり見かけなかった。
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町の中には色んな店があったが多くは昼食時でお休みだった。
食料品店の中、ここには野菜類は少なくほとんどが加工品だった。(写真左)
金物屋のショーウインドウ、色んな鍋が並んでいた。(写真右)
町の中にはお昼休みの人で賑わっていた。制服の女性が多いのもこの町の特徴だった。
この町で一番賑やかだったのはやはり市場だった。ここには野菜や果物、魚や干物等と一緒
に観光客目当てのおみやげ物なども並べられていた。客寄せの声もあちらこちらから聞こえて
きて大変活気があった。
市場には菜っぱ類が少なかった。サツマイモの苗そっくりなものや白菜のようなものが置いて
あった位で、他にはそれらしいものを見かけなかった。また、サツマイモによく似た芋は何だろ
うか。キャッサバというものだろうか。魚の種類も少なかった。沖縄の市場を想像していた私に
は少し期待はずれだった。
少し裏通りには大きな木が立っていた。この木にはいっぱいマンゴーがぶら下がっていた。
また、至る所に椰子の木が生えており、木のてっぺんには椰子の実がたくさん付いていた。誰
も取らないのだろうか。
街の風景(市場他)
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野菜と言えばトマトにカボチャ、キュウリなど。(写真左)
菜っぱものがほとんどなく、この芋蔓のようなものが代表的な青野菜だった。(写真右)
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青野菜やマンゴーなどの果物と一緒に魚の干物があった。(写真左)
生の魚で一番多かったのが鯖や鰺に似たこの魚。何という魚だろうか。(写真右)
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私達が入った市場近くにあった大きなマンゴーの木、青い実がいっぱいぶら下がっていた。(写真左)
市場の土間には色んな物が並んでいた。魚もあれば野菜もあった。これはタロイモだろうか(写真右)
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また、棚の上には果樹や魚の干物の他、こんな貝殻や鮫の牙付きの顎の骨などお土産品らしきものもたくさんあった。(写真左)
これは香辛料だろうか、大きなビニル袋に色んな色の粉が入っていた。(写真右)
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珍しくもないバナナなのですが無造作に大きな房のまま床に置いてあった。(写真左)
市場の入り口、この中に魚屋もあれば野菜や果樹を得る店、土産物屋等があった。(写真右)
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繁華街のはずれにあった大きな赤い屋根の家、何の家だろうか。(写真左)
これは何だと思いますか。ポスト、いやいや違います。これはゴミ箱なのです。町の至るところにありました。(写真右)
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町で見かけた若いお母さんと赤ちゃん、あまりにも可愛いのでお願いして一枚撮らせて貰った。(写真左)
港でも見かけたアカシアに似た木には、赤い実だけではなくこんな黄色の花も咲いていた(写真右)
街の中心部にある大きな交差点、ここにはイギリスのロンドン塔に見立てた時計台が立っていた。
その後、家内達とは分かれて町はずれの教会に行ってみた。教会の庭には珍しい植物が
たくさんあった。また、色鮮やかな花もたくさん咲いていた。教会と熱帯の木々の組み合わせ
が絵になる景色だった。目に飛び込んでくるものすべてが珍しく、ここでもたくさんの写真を写
した。
街はずれの教会
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街はずれに白い建物の教会があった。
その道すがら大きな民家の庭にはこのような椰子の木があり熟した実がいっぱい付いていた。(写真左)
教会の周辺は公園のようになっていて観光客や街の人達の憩いの場になっているようだった。(写真右)
教会周辺にあった花や植物、そして庭
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いずれも椰子の種類なのだろうが、幹の中程から枝も何も無しに実が付いていた。
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教会の横には十字架に磔になったキリスト像があり、その横は広い公園になっていた。
私たちは町の中を一周した後、郵便局へ行った。町で買ったばかりの絵はがきに旅の便りを
書いて投函した。
郵便局の中。ピースボートに乗ってきた大勢の乗客がここで手紙や葉書を投函した。
もっとゆっくり見て回れば他の色んなものを見ることが出来たのかも知れなかったが、少し
時間的な余裕をもって帰ることにした。
この町に関する感想は、実にのんびりとした雰囲気の町だった。昼食時には店を閉めるところ
もあるようで、町の中は大勢の人がいた。おしゃべりをしている人、赤ん坊を横抱きにして歩い
ているお母さん、オフィスの制服を着た女性もたくさん見かけた。道縁に腰を下ろしおしゃべりを
しながら食事を楽しんでいる女性もたくさんいた。
私達が街を歩いたのはお昼時だった。通りや通りに面した椅子の周辺には大勢の人が昼休みを楽しんでいた。
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町の中にも木々は多く、このような葉先だけが赤く遠目には花びらのように見える植物もあった。(写真左)
キョウチクトウにどことなく似ているがキョウチクトウではない。(写真右)
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街はずれの並木道。この道の先には私達が降りた港がある。この通りには色んな土産品屋が並んでいた。
かつて日本からの旅行客が多かった頃には、新婚カップルが土産物を買い求めて歩いた通りではないだろうか。(写真左)
その中の一軒は、色鮮やかな魚の彫刻品を売っていた。(写真右)
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また、近くにはイスラム教のモスクがあった。ここには色んな人種の人達が住んでいるようだ。(写真左)
かつて旅人ののどの渇きを癒したと言うことから旅人の木と呼ばれている。(写真右)
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金物屋さんと言っても日本のそれとは少し違うようだ。とにかく色んな物を店先に置いていた。(写真左)
街角にあったキャッシュコーナー。現金引き出し機が囲いもなく取り付けられていた。(写真右)
私達夫婦の街角のスナップ写真。
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木々を飛び回っている小鳥たち。声は良く聞こえるのだが動きが早くてなかなか姿を見ることが出来なかった。
色鮮やかな小鳥とその巣。
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町の中では手のひらサイズの小さな鳩をたくさん見かけた。
そして、この黒い鳥は何という鳥だろうか。姿形は九官鳥に良く似ていた。
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港へ帰るとこんな小鳥がいた。どうやらつがいのようだ。左が雄で右が雌だろうか。
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港周辺の草原、ここには、この島の小さな自然があった。(写真左)
港の中にはサヨリやボラと思われるような魚が泳いでいた。(写真右)
船には釣り道具を持ってきた人もいて結構釣れたらしい。
港に帰るとトパーズ号の赤錆た船体は化粧直しが終わり白い船体になっていた。
所得はけっして多くはない国であり、しかも産業は少なく、多くを輸入品に頼る国でありながら
決して日々の生活に追われているようには見えなかった。
船では16時10分からブロードウエイショーラウンジで地元の若い男女や女子高生達による
ショーがあった。地元の平和協会代表者による挨拶とダンスチームの紹介があった。そして、
スタイルの良い男女が登場し色んなダンスを見せてくれた。
植民地時代の影響だろうか。ダンスにもヨーロッパ的なものが感じられた。また、肌の色は
浅黒く彫りの深い顔立ちには長い間の白人との混血を伺わせるものがあった。
その後、セイシェルの人達との交流会に参加した人達も一緒になって、演奏やダンスを楽し
んで賑やかな幕引きとなった。
地元ダンシングチームや高校生達によるダンス
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何代もにわたる白人との混血で生まれた人種とも言うべき人達は非常にスタイルがよく美人揃いだった。
私達の受け入れ先である地元平和協会の代表者の挨拶。(写真左)
若い女性ダンサー達による踊り。褐色の肌と白いドレスのコントラストが美しかった。(写真右)
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男女ダンサーによる優雅な踊り。(写真左)
そして、衣装を着替えての軽快なリズムの踊り。(写真右)
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女子高校生達の踊り。(写真左)
この島での交流会に参加した人達も舞台に上がって踊り始めた。(写真右)
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ジャンベを演奏してくれた地元演奏家達。(写真左)
踊りが終わって私服に着替えた若い男性や女性達。(写真右)
ショーが終わり、会場の外へ出てみると雨が降っていた。本格的なスコールのようであった。
それにしても私達が町へ出ていた間、何度か黒い雲に覆われたが、一日中一度も降ることなく
実に恵まれた一日だった。過去、三回ほどの上陸時は、いずれも曇りか雨だったそうで、それ
だけに、今日一日に感謝しなければならない。私たちの船はセイシェルの島々が夕闇に包まれ
始めるころヴィクトリア港を離れた。
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ここで船から下りたピースボートスタッフや水先案内人のSさん。ここに住んでいる日本人もいる。(写真左)
船は暗くなって港を静かに港を離れた。(写真右)
2005年3月14日掲載
2005年9月21日掲載
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