小学校クラス会始末記
事の始まりは二年ほど前の事でした。実に数十年ぶりに中学校の同窓会が開かれました。その際、気心の知れた
もの同士が秋には集まってミニ同窓会を続けてきました。行き先は倉敷周辺であったり奥津温泉等でした。実は私達が
小学生だった時の修学旅行先は広島と宮島、岩国でした。小学校時代の思い出を再現するべく、二年前、ミニ同窓会
で広島、宮島、岩国に一泊旅行をしました。
この際、期せずして話に出たのが小学校時代の思い出。そんな事からトントン拍子に小学校の5年生、6年生の担任
だったS先生に会ってみたいということになりました。先生には随分ご無沙汰をしていました。以前、続けていた時折の
挨拶や年賀状もすっかり途切れていました。先生に電話をした時には、ピンとこられなかったに違いありません。それでも、
とにかく来てみなさいと快く了解してもらい、同級生数人が先生の家にお邪魔しました。丁度、田植え時期の忙しい時で
した。奥さんは田圃に出ておられ、先生は一人で待っておられました。
久々の先生の姿は想像の中の先生とは随分変わっておられましたが、それは私達も同じ事。いいおっさんやおばさんに
なっていたのですから。それでも若々しくてお元気そうでした。思い出話に華は咲いたのですが、果たして先生の思い出と
私達の記憶との接点が埋まったかどうか定かではありませんでした。
別れ際に、今度はみんなに集まってもらい同窓会を開きますからと、当てのないのに約束をして別れました。それから
二年、気にはなりつつも日々に追われて、同窓会どころか先生の家にすらお伺いする事はありませんでした。私の気持ち
の中には、約束を果たさなければという強い思いがあり、地元の同級生に相談してみました。とにかく大きな事は考えず、
集まれるだけ集まれば良いのではということになりました。
そんなわけで、急な話ながらトントン拍子に同窓会の開催が決まりました。私自身は同窓生が誰であったか全く記憶が
ありませんでした。幸いMさんが持っていた卒業写真から彼女の記憶を頼りに心当たりに電話をしてみました。中には記憶
違いで違うクラスのものもいたりして、色んなハプニングはあったのですが、男子生徒12人とコンタクトをとることが出来ま
した。直前になって二人キャンセルがありました。まだ、みんな勤めをもっているのですから仕方のないことです。
男子10名、女子7名、先生を入れて18名のささやかなミニ同窓会が実現しました。12月7日のことでした。福山の南蔵王
にある労働会館「みやび」で開きました。冬の日差しが明るい部屋で、先生と伴に思い出を振り返った一日でした。
女子の中には広島や滋賀県の方から来てくれた同級生もいて感謝以外の言葉がありません。
それぞれに女子は一家の主婦として、あるいは職業婦人として、男子は自営業として、会社勤めのサラリーマンとして、
みんな立派に一家を構え頑張っていることが話の端々から伺えました。小学生時代の洟垂れ小僧がこうやって立派な
大人になれたのも先生のおかげです。先生に心からお礼を述べさせて頂きます。少し体を壊されているようでしたが、
先生のお年を考えれば無理のないことです。これからは十分気をつけられ長生きをしてもらいたいと思っています。
そして私達同級生も六十歳に手の届くような年齢になってしまいました。お互いに顔を合わせれば昔の同級生に戻りますが、
健康にも気遣わなければならない年齢になっています。又の再会を期してお互いに健康には気をつけようと約束をして
分かれた次第です。
2001年12月28日掲載
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