命あふれるところ
先日、朱鷺(とき)を自然に戻す活動についてのテレビ番組を見ました。取材場所は佐渡島でした。昔、佐渡島
には朱鷺がたくさん棲んでいたそうです。しかし、その数が次第に減っていき絶滅寸前になっていました。色んな
原因があるのだと思いますが、農薬などの多用による環境破壊が原因の一つだと考えられています。そして、
環境問題は朱鷺だけの問題ではなく、日本各地における共通問題です。
ところで近年、各地で盛んに蛍を呼び戻そうという活動が行われています。私達が子供だった頃、蛍は毎年
同じ季節になると、どこでもごく普通に見られた虫でした。その蛍がなぜこんなに減ってしまったのでしょうか。
大きな原因の一つは川水の汚染だと思われます。河川に大量の生活用水が流れ込んだため、蛍だけでなく蛍
の餌になるカワニナも死滅してしまったのです。しかし、量の差はあっても生活排水は過去からありました。
ですから、原因は他にあったはずです。私は、最大の原因は農薬の多用と生活排水に含まれた合成洗剤では
なかったかと思っています。こうして蛍も蛍の餌であるカワニナも私達の近くから完全に姿を消してしまいました。
農薬は化学工業の発展と伴に多種多様なものが大量に出回るようになりました。企業発展のため新規開発
と大量消費を促したからです。日本全国で使われた量は半端な量ではなかったはずです。世は上げて大量生産
の時代でした。
農業もまた大量生産を必要とした時代でした。しかし、必要とする人手は激減していきました。農村から多くの
若者が都会や工場に吸収されて行ったからです。生産を維持し、生産力をアップするためには機械や強力な
農薬に頼らなければならなくなったのです。こうして農村地帯は人口減だけでなく、農地自体も化学肥料と農薬
漬けとなり疲弊していったのです。かつては生き物たちがいっぱい棲んでいた川からは魚の影すら見えなくなって
しまいました。
清潔好きの日本人は巧みなコマーシャルに踊らされて大量の洗剤を使いました。その量もまた半端な量では
なかったはずです。全国津々浦々で大量の洗剤が使われ、一時は川や海が泡立つほどでした。洗剤の中には
強力なものもあって、何億年と生き長らえてきたあのゴキブリでさえイチコロというようなものさえありました。
こんなものが毎日欠かさず川や海に流れ込んだのですから、川や海が死んでいったのも無理からぬ話です。
本来、私達の生活を豊かにするべきものが、私達の周辺からどんどん自然を奪い取っていったのです。
さて、話を朱鷺の話に戻しましょう。今、朱鷺は人口飼育されています。在来の朱鷺が死に絶える直前に中国
から朱鷺を貰い受け、二世、三世の繁殖を続けてきました。その結果、かなりの数になってきたようです。しかし、
依然、ゲージの中での生活です。これらの朱鷺をゲージから解き放ち、自然の中でごく普通に生活できるように
しようというのが朱鷺を飼育している人達の願いです。そのためには、どうしても農家の人達の協力が必要でした。
朱鷺が自然環境の中で問題なく繁殖を続けていくためには害のない大量の餌が必要です。そのために思い
ついたのが稲の不起耕栽培でした。今回、協力しようと決断した農家の人達は不起耕栽培で米作りをしようと
考えています。不起耕栽培で田んぼに自然が甦ったという話を聞いていたからです。
では、不起耕栽培とは、どんな方法なのでしょうか。通常、田んぼは田植え前になると掘り起こされ、更に水を
入れて代掻きを行います。時には田植え前ばかりでなく、冬場にも田起こしを行っています。しかし、不起耕
栽培では、いっさいこの作業をしません。そのためには、稲刈りが終わった田んぼには、雑草が生育しないよう
に水を張っておきます。そして翌年、苗を直接田んぼに植えていきます。
田起こしをしていない田んぼですから苗の活着力を良くするために苗の丈を伸ばさず根の張りを良くしてやり
ます。根張りを良くするために保温せず低い温度で苗を育ててやります。いわば苗を厳しい環境で逞しく育てて
やるのです。こうして作った逞しい苗を不起耕栽培用に開発した田植機で定植をしていきます。こうする事に
よって苗は硬い土に根を伸ばし、掘り起こされた柔らかい土よりも逞しく育つようです。
同じ時期に植えた両方の苗を比較してみると、不起耕栽培の稲の方が根の張りが良く株の分けつも多いよう
です。この方法を開発した人は、これを稲の野生化と言っています。そして野生化する事によって病害虫に強い
稲になるようです。そして収量も多いのですから言うことはありません。
そもそも不起耕栽培の発想の原点は、何とか農作業を楽に出来ないかと言うことだったようです。しかし、
やってみると思わぬ効果がたくさんあったようです。その一つが無農薬栽培が可能になった事です。農薬を使わ
なくなると田んぼには多くの生き物達が戻ってきました。初めの目標はメダカが住める田んぼにしようということ
だったようですが、今では色んな生き物が住み着くようになったそうです。
自然界はたくみな食物連鎖で出来ています。食物連鎖の最下層には目に見えないような小さな生き物たちが
いっぱいいます。バクテリア等の微生物です。その微生物を餌としている小さな生き物がいます。その小さな
生き物を餌にしている魚がいます。そして、その頂点には鳥がいます。つまり鳥達が集まってくるような環境は
一番安全で自然な環境だと言えるのではないでしょうか。
すでに不起耕栽培を先進的に取り入れている田んぼにはイトミミズが繁殖し、渡り鳥が飛来してくるように
なったと言います。同じように、ここ佐渡島でも不起耕栽培が成功し、多くの生き物達が田んぼに住み着くように
なれば朱鷺を放つことも可能になります。
それにしても渡り鳥たちは、住みやすい環境だと言うことがどうして分かるのでしょうか。実に不思議な事です。
この事について、私はこう考えています。多くの生き物達が住んでいる田んぼには命が満ちあふれています。
目に見えない微生物群を初めとする何億という、いや何兆という、たくさんの命で満ちあふれています。残念
ながら私達には感じることが出来ませんが、鳥達のような野生は何かを敏感に感じ取っているのではないかと
思います。だからこそ、北の国から渡ってきた鳥達は、高い空から何かを感知して降りてくるのです。
2004年8月19日掲載
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