帰国挨拶
長い航海を終え1月30日無事神戸港に帰ってきました。この間、ホームページは休業でした。これから旅の
日記を少しずつ掲載していこうと考えています。その前にこの旅行を少し振り返って感じたことを書いてみたい
と思っています。
ピースボートは非営利のNGO組織です。平和の使者として平和や環境に関するメッセージを世界に向けて
発信し続けています。その活動の一つが客船による地球一周の旅です。私達夫婦は私の定年日を待ってこの
船に乗りました。特別ピースボートだから乗ってみようという考えはありませんでした。純粋に旅行を楽しみたい
という思いからでした。
その理由は、私にとって季節的に都合が良かった事、私の母や家内の母が健康であった事、寄港地の全て
がいずれも行ったことのないところばかりであった事、そして何よりも費用が安かった事です。安サラリーマン
にとって船の旅は高嶺の花でした。しかし、非営利のピースボートはその費用が格段に安く、多少サービスが
悪くても肩肘張らない気楽な旅の方が良いとこの船を選びました。
昨年の10月21日神戸港を出発しました。本来ならこの港から船に乗る予定でした。ところが前回クルーズ
が天候の関係で帰港が大幅に遅れてしまい神戸港へ着岸できませんでした。私達神戸港から乗る予定のもの
はバスで東京晴海埠頭まで移動しました。折しも台風が大荒れの時でしたので神戸港へ来るまでが大変でした。
私達夫婦は万一のことを考えて神戸にいる娘のところへ二泊させて貰いました。
こうして参加者は様々な苦労をして神戸港に集結しました。バスを連ねて晴海埠頭に着いたのは暗くなって
からでした。実に波乱に富んだ出発でした。これだけでもドラマ一つが書けるくらい色んな事があったようです。
しかし、こんな苦労とは裏腹に航海は実に順調でした。そして、何よりだったのは寄港地すべての天候が非常
に良かった事です。
クルーズディレクターに言わせれば「私が晴れ男だから」という事でした。そればかりでなく気象異変のせいか
夏が遅く、本来この季節では目にすることの出来ない景色をたくさん見ることが出来ました。たとえば南米大陸
最南端のウッシュアイア(ウスアイアともいう)では切り立った峰々が雪を被っていて大変美しい景色でした。また、
ニュージーランドではサザンアルプスにも雪が残っていてルピナス街道のルピナスは満開でした。
良い天候と美しい景色、それだけではなくたくさんの仲間が出来ました。特に若い人の中には素晴らしい才能
を持った人達がたくさんいて、船内活動を通じてこの人達と十年来の知己のようになりました。また、同年輩や
年上の人の中には様々な経歴を持った人が乗っていて、人それぞれにドラマがあって人の話が好きな私として
はたまらない魅力でした。
船内では色んな自主企画が行われています。その一つにマジッククラブがありました。私はこのクラブに発足
当初から加えて貰い色んなマジックを教えて貰うと伴に楽しい仲間がたくさん出来ました。二回の発表会を通じ
てより一層親密な関係が出来ました。また、「百姓やりたい人」という自主企画では思わぬ事から私の経験が
買われ講師として野菜や果樹栽培について話すことが出来ました。
その他、のど自慢コンクールや紅白歌合戦にも出場し、卒業式には色んな企画やツアーの代表の一人として
挨拶をさせて貰うことが出来ました。
大阪や東京と言った拠点地域ではボランティアスタッフという制度があります。ここで働いてきた人達はこの
組織の事を良く知っていたようです。しかし、たった二度の説明会しか参加できなかった私達夫婦はこの船に
乗るまで中でどんな事が行われているのかまったく知りませんでした。分からないままに色んな企画に参加し
その中で知人からは以前にも何度か乗ったことがあるのかと聞かれるくらいになってしまいました。それという
のも私達夫婦が若い頃に活動していたことと非常によく似ていたからです。何かしら青春時代に戻ったような
感じで若い人達の中で伴に計画を立て実施してきました。それは若い人達にとっても私達夫婦にとっても違和
感のないことでした。
旅行先にはアフリカ大陸や南アメリカ大陸がありました。これらの地には幼い頃読んだ小説のイメージが強く
残っていました。宝石の国というイメージでした。そのことが実証できたのはまずアフリカ大陸でした。そして
うり二つと言うくらいよく似ていたのが南アメリカ大陸でした。「少年ケニア」という小説に書かれていたマサイ族
に会い、大草原に展開する多くの動物を見てきました。何よりも感動したのはマサイマラの大自然と爽やかな
風、そして地平線に静かに沈んでいく夕日でした。
神秘の謎に包まれたイースター島、そしてゴーギャンの絵で何度も夢見たタヒチなど、私のあこがれの地が
目の前にありました。これら想像とあこがれを確認する旅でもありました。全てが私の人生の結集としてこの
旅を形作ってくれたような気がしています。
しかし、いま世界は人の世も自然も混沌とした状況にあります。今回の南回りの国々の中には開発途上国
や南アフリカのように長く人種差別のあった国がありました。また、近年経済破綻をきたしたアルゼンチンや
多くの犯罪を生んでいるブラジルの貧民窟など、多くの貧しい人々の生活を垣間見てきました。有り余るほど
の豊かなものに囲まれた私達の生活とはかけ離れた生活がありました。
一方、貧しくとも心豊かに暮らしている人々の生活も見てきました。人間にとって何が幸せなのだろうと考えさ
せられるような事も少なくありませんでした。
私達が日本を離れて間もなく新潟地方では大地震がありました。また、インドネシアのスマトラ沖ではかつて
ないほどの大地震により近隣諸国をも巻き込むような津波が発生し多くの犠牲者が出ました。ここは私達が
航海してきた海であり、被害を受けた国の中には私達が訪問した国も入っていました。ニュージーランドでは
60数年ぶりの異常気象だと言っていました。南極クルーズに参加した人の話では氷が溶け奥地に住んでいる
ペンギン達の生活を脅かしているとか、暑さに苦しんで地面に横たわって体を冷やしているペンギンを見たとも
話していました。また、チリやアルゼンチンなどで環境問題に取り組んでいる若者達からは海岸が大きく浸食
されていることを聞きましたし、ニュージーランドでは海岸が大きくえぐられ、その修復工事を行っていました。
確実に地球温暖化による影響が出始めているようです。
私達を運んでくれたトパーズ号は第二次世界大戦終了間もなく建造された老朽船でした。船内各所では雨漏
りがあり、分厚い鉄錆の上には何度もペンキが塗り重ねられていました。私達の船室は4畳半にも満たない
ような窮屈な部屋でした。決して快適とは言えない船内でしたが、それが故に安く乗ることが出来たことも事実
です。ただただ、老朽船であるが故に、これから先の航海の安全を祈っています。トパーズ号で働いている多く
のスタッフや私達を心から楽しませてくれたピースボートスタッフの皆さん、コミュニケーションコーディネーター
(通訳)や水先案内人と呼ばれている講師やオプショナルツアー等を企画してくれたジャパングレイスの皆さん
に心から感謝しています。本当にありがとう御座いました。
こうして私達夫婦の100余日間に及ぶ大航海は終わりました。船の走行距離は地球一周より長い5万キロ
を遙かに超えていました。
2005年2月2日掲載
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