ロード・オブ・ザ・リング

2004年3月24日、超大作である「ロード・オブ・ザ・リング」の三部作の全てを見終わりました。この日、
午前中、仕事だった家内の帰ってくるのを待って出かけました。この日は、MOVIX倉敷のレディスデイ
というサービスデーでした。その上、MOVIX倉敷のサイトにアクセスし、割引券を持っていきましたので
更に安く見ることが出来ました。それにしても映画って高くなりましたよね。
しかし、この映画に限っては、決して高すぎるとは思いませんでした。上映時間三時間にふさわしい料金
だったように思いました。前作の第一部を映画館で見ました。しかし、内容が良く分からなかったので、再度
レンタルショップでDVDを借りて見ました。第二部は映画館で見ていませんでしたので、初めからDVD
を借りて見ました。こうして、前作二部とも内容が良く分かっていましたので、第三部(王の帰還)は良く分かり
ました。
そして、今回は字幕スーパーをやめて、初めから日本語の吹き替え版にしました。何かしら違和感があり
ましたが、ストーリーは良く理解が出来ました。
それにしても、戦争に続く戦争の場面、そして、ブロドとサムの前に立ちはだかる試練に、ひやひやどきどき
しながらの三時間でした。見終わったときには、さすがにほっとしました。家内に言わせれば、あのすさまじい
音響に疲れたと言っていました。確かに映像も凄かったのですが、音響にも迫力がありました。
三部作を見終わっての感想ですが、ストーリーは悪いものが滅び、善いものが生き残るという単純なもの
でした。しかし、キリストが誕生する以前を想定した物語なのか、あるいは宗教とかけ離れたものなのか、
劇中に一切、キリストや神様は現れませんでした。その代わり善と悪を代表する二人の魔法使いはいました。
人間の心の中には、善悪二つの心が存在します。そして、いかに善良な人間であっても一度手にすると
なかなか手放すことが出来ない魔力を持った(リング)指輪があります。(この物語と関係があるかどうか
分かりませんが、ヴァイキングには伝統的にリングに対し特別な思いがあるようです)そのリングは冥界の
王であるサウロンの持ち物でした。このリングがこの世に存在する限り、争いが耐えることなくサウロンの
魔手の恐怖は常に存在します。
そのリングを火山に葬り去る事こそ、平和を取り戻す手段だと言われ、平和なホビット庄の若者四人が
冒険の旅に出かけます。途中、幾度となく厳しい試練に出会い、その度にリングを預かったブロドは悔やみ
ます。このリングさえ預からなければ、こんにひどい死ぬような苦しみを味わうことはなかったはずなのにと。
しかし、全ては後の祭りでした。今はただ、ひたすらに前に向かって進むしかないのです。
ブロドの思いは、いつの時代にも私達が経験することです。もし、何々がなかったらと、苦しいときや悲しい
ときには必ず悔やまれる事です。しかし運命に、もしもと言うことはないようです。全ては、なるべくしてなって
いることなのではないでしょうか。後に引き返すことは出来ないのです。苦しくとも辛くとも、それに打ち勝って
前に進むしか道はないのです。
ブロドは我と我が身を励まして前に進みます。ブロドを思い、ひたすら支え続ける友人サム、サムのブロド
に対する思いは、ひたむきで痛々しくすらあります。目的地を目の前にしてブロドに疑いの目を向けられ突き
放されても、なお思い直して後を追っていく思いとは何なのでしょう。真の友人とは、かくあるべきものなのかも
知れません。
何よりも人の心を良く現しているのは、何百年と生き長らえてきたゴラム(スメアゴル)です。遠い昔、リング
の魅力に取り憑かれた一人の若者は、リングを奪うために友人を殺してしまいます。そして、人里離れた洞窟
の中で生き長らえ、次第に人から化け物(ゴラム)へと変わっていきます。その姿は、人の形を残しながらも
グロテスクですらあります。そして、大きな眼の奥には何かしら人間めいた悲しさをも秘めています。
そして、自ら二つの名前を持つように、ゴラム(悪の心)スメアゴル(善の心)が交互に現れては消えていき
ます。何度も素直な心にもどろうとするのですが、リングの魔力から離れることは出来ず「いとしいしと」と
リングを呼びつつ、最後にはリングとともに灼熱の地獄へと沈んでいきます。人間の哀れな一面を実にリアル
に表現していました。全編に散りばめられた人間とは何だろうという疑問が、様々な空想世界と一緒になって、
何かを私達に問いかけている映画でした。
魔法使いや空想世界の物語である「ハリーポッター」の浅薄さとは、一線を画す映画だったように思いました。
それが、また、画面や音響の迫力にとどまらず、多くの観客を魅了して止まないのではないでしょうか。久々に
見応えのある映画だったように思いました。
物語の終盤、ブロド一行は、久々にホビット庄に戻って来ます。そこには、ブロドやサムやホビットの若者4人
の冒険とは関係のない平和な日々の営みがあります。この平凡で平和な営みこそ、実はかけがえのないもの
なのです。若者達にとって刺激のある冒険は、平凡な日々の営みこそ、実は最も大切なものなのだと言うことを
教えてくれたのではないでしょうか。
4人の若者達が村に帰ってきました。庭先にいたおばさんが「この不良どもめが」と言うような目をして家の
中にすっと入っていきました。おばさんは、この若者達4人が、生死をかけた大冒険をして来た事など何も
知りません。気まぐれな若者達が村を出て、また、ぶらり舞い戻ってきたくらいにしか思っていません。いつに
変わらない平和なホビット庄の日常の姿なのです。このおばさんを、この場面に登場させたのは原作に書かれ
ていたのか、あるいは脚本家か映画監督の演出なのでしょうか。実に味のある演出だと思いました。
2004年4月19日掲載
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