公民館講座3


中国の新彊ウイグル自治区の中を幾筋ものシルクロードが走っています。
しかし、新彊ウイグル自治区と言ってもピンとこない人も多いと思います。
天山山脈を挟んで北と南を通るシルクロード沿いの地域だと言えば、興味を持っている人であれば、ああ、あの
あたりだなと想像がつくのではないでしょうか。
中国にはいくつかの自治区と言われるところがあります。その内の一つです。この自治区の大半は砂漠だと言います。
この地方は古くから開けており、西から東から、多くの民族が往き来したところです。
中国から絹などの産物を西に運んだだけではなく、東西の文化が盛んに行き交った道です。
有名な玄奘三蔵も仏教の教典を求めてインドまで旅をしました。小説には、玄奘三蔵が多くの困難と闘いながら、
荒涼とした砂漠の中を旅する様子を、孫悟空や沙悟浄、猪八戒を登場させて、面白おかしく書いています。
しかし、シルクロード沿いの町や村は豊かな産物に恵まれた住み易いところのようです。
そして、目の色や肌の色の異なるイラン系、インド系、モンゴル系等多種多様な民族が住んでいるところです。
今回話をしてくれた人たちもそんな多民族の血を引く人たちです。
私達がシルクロードと聞くと、何となく幻想的な思いに駆られるのは何故でしょうか。
大きなアジア大陸を横断する東西文化交流の東の端に日本がありました。
仏教文化はこの最果ての東の国に来て、大きく花開きました。
かつて平城京は西からもたらされた文物と人との交流で大変賑わったようです。
しかし、その時代が頂点で、急速に西の文化は途絶えてしまったようです。
その後、私達がシルクロードという言葉を耳にするようになったのは、ずっと近年になってからではないかと思います。
それとても最初は曖昧模糊としたもので、なかなか現実のものとはなりにくかったのが現実です。
前置きが長くなりすぎました。今回、ライフパークの講座でシルクロード紀行を勉強することになりました。
講師は新彊ウイグル自治区から日本に留学している人たちです。留学生とは言っても、すでに国の方では大学等で
学生に教育をされている人たちです。
美術の先生、物理の先生、音楽の先生や石油関係の技術者等です。岡山大学や倉敷芸術大学で勉強したり、
これから東京芸大に再入学する人もいます。帰国後はみんな第一線で活躍される優秀な人達です。
この人達が、日本に来るまでには多くの困難がありました。
言葉の壁です。日本に来る前に、北京で何ヶ月間かは、日本語を勉強しなければならなかったからです。
国と国との距離も遠いのですが、文化交流の面でも遙かに遠い国です。
ウイグル族には独自の言葉も文化もあります。現在は中国領土となっていますので、公用語は中国語です。
わずかな漢民族と多くのウイグル人という社会です。宗教については古くは仏教でしたが、現在はイスラム教です。
講座は3回でした。この内、2回はウイグル地区の地理や気候、生活習慣や産業、産物等について話を聞きました。
最後の講座は、留学生のお世話をされている杉森先生から、地理や歴史についての話を聞きました。
そして、ゾデム.ヤスンさん達にウイグルの踊りを披露して貰い、私も誘われるままに踊りに加わりました。
そして講座に参加したものみんなで、北国の春を歌って終了しました。
![]()
ヤスンさんの踊りと民族楽器の演奏です。 ウイグルの人達の目には、私達の国はどのように映っているのでしょうか。
自治区は今、中国の支配下にあります。砂漠には石油など、多くの地下資源が眠っています。
中国政府は地下資源の開発に力をいれています。昔に遡れば漢民族との戦いの歴史でした。
中国の支配下にあることについての不躾な質問もありました。しかし、他民族の支配下にある人達が、国を離れて
いるとは言っても、自分の考えを答えることは大変難しいことです。
どうか、一つでも日本に来て良かったと思うような思い出を作って帰って貰いたい、そんな気持ちでいっぱいです。
今は、留学生のみなさんが、自国に帰ってより一層、活躍されることを祈ってやみません。
今年は平城京1200年を記念して、奈良を中心に多彩な行事が予定されているようです。
遙かなるシルクロードの国に思いをはせながら、東西1200年の文化交流の歴史を振り返ってみたいと思います。
2000年4月25日
先の講座で講師としてお話をしていただいた杉森先生から「ウイグルの風」と名付けた絵画展の案内を頂きました。
この絵画展は先の講座で講師として招かれ、お話を頂いたゾレム・ヤスンさん夫妻のものでした。
ゾレム・ヤスンさんは中国からの留学生として単身岡山に在住され岡山大学で絵の勉強をされていた方です。
ご主人のイミンジャン・アブドリームさんはウイグル自治区の大學で教鞭を執っておられる方です。
今回の展覧会はヤスンさんが帰国をされることになり、日本では最後の展覧会となりそうです。民族色豊かな
絵画展でした。帰国をされてからもより一層のご活躍を祈りたいと思います。
2000年9月24日追記
|
|
|
|