退屈しなかった定年後

瞬く間に4ヶ月余りが過ぎてしまった。年金手続き、失業保険と、どの退職者も一様に行う退職後の手続きを
済ませ、これらのシステムの実体をつぶさに体験した。やはり、想像していたものより大きく異なっていたようだ。
今にして考えると、人任せにしないで大切な将来計画の一つとして、これらの制度を注視していくべきであった
と思っている。今となっては後の祭りである。今日のように、再就職など難しい時代にあって頼りになるのは
わずかばかりの蓄えと、個人でかけてきた年金と、会社から受け取った退職金、そして柱になるのはやはり
厚生年金なのである。
昔は失業保険も一年間は貰えた。その額も今よりは多かった。年金の受給年齢も低かった。つまり早くから
年金を受け取ることが出来たのである。しかし、今の失業保険は定年退職の場合、わずかに5ヶ月間しか支給
されない。また、厚生年金と失業保険の同時受け取りは出来ない。失業保険を受け取っている間、年金の
支払いはゼロなのである。
こんなわけで、現役時代の収入はまったく保証されなくなってしまった。さりとて、これから仕事を探し、その上、
体力や気力を使うような仕事はしたくない。失業保険の支払い期限が切れようとしている今になっても、再就職
をすべきかどうか迷っている。
一方、この4ヶ月間、何をしたと言う格別なものもなく悠々自適の生活であった。時間に縛られない生活という
ものが、こんなに気楽で開放的なものかと、改めて、その良さを感じている。考えてみれば小学校へ通い始めた
頃から時間に制約されるような生活をずっと送ってきたわけである。初めて味わった開放感である。
会社生活の後半では、いつも時間に追い回されるような生活であった。それはそれで充実はしていたのだが、
心の片隅では、こんな生活から早く解放されたいという思いがいつもあった。
退職前から定年後は退屈をしないようにと思い、ライフパークの講座や児島公民館の講座などをたくさん
申し込んでおいた。それらがいささか負担になる位たくさんだったので、決して退屈するような事はなかった。
それどころか、家の中や物置の整理をしようと考えていたのだが、夏場の事でもありほとんど出来なかった。
時間に縛られない生活は、ともすれば自堕落な生活になってしまう。従って、適度に日々の計画があるほうが
良い。その限りにおいては時間が足りないくらい充実していた。
今は講座へ通い、パソコンに向かい、テレビを鑑賞し、時には映画に行き、ビデオやDVDをレンタルして
楽しんでいる。むろんこの間には農作業もしている。東北旅行にも行き、娘のところへも行き、仲間に誘われて
山登りもした。
朝起きると一番にテレビを点ける。ニュース番組に引き続いて朝の連続ドラマが始まる。「天花」だ。また、
アテネオリンピックの期間中は再放送を見るのが楽しみだった。これらが終わると、その日の予定が始まる。
予定は農作業であり講座である。こうして一日は瞬く間に終わってしまう。時には家内と外食をしたり、実家の
母を訪問したりした。また、桃の木のオーナーになっていたので、これも日課の一つだった。
そして、何よりも大きな目標だったのはピースボートで地球一周の船旅に出ることだった。計画は退職前から
立てていたが、結論を出したのは私達二人の健康診断結果を見ての事だった。二人とも今のところ健康上に
問題はないという診断結果を聞いて、にわかに慌ただしくなってきた。持っていくものを何度も買い足ししながら
準備をしてきた。大阪での説明会にも行き、神戸税関で黄熱病の予防接種も受けてきた。こうして、この記事を
書いている9月末現在、客間の中が旅行用品の山で足の踏み場がないようになっている。
二人にとってこの大きなイベントが終わらないと定年後の本格的な生活は動き出さないようだ。再就職も家の
事もすべて先送りしながら今は旅行準備に専念している。
2004年10月7日掲載
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