3日目(7月17日・・・日本時間)
午後からは娘も合流することになっていた。従って、午前中は私達二人だけで行動する事に。
娘に聞いていたサイエンスミュージアムに行ってみる事にして、ホテルを出た。ホテルの前が
電車道になっていて、停留所もすぐ近くにあった。電車に乗るにはトークンというコインのような
ものを利用する。従って、トークンをあらかじめ買っておく。足らなくなったら駅員のいる駅で
買い足せばよい。私達も娘から貰っていたものが、すぐに、なくなったので買い足していた。
地図をたよりに電車を乗り継いで目的の駅に着いた。サイエンスミュージアムまでは徒歩だ。
その途中でとんだハプニングがあった。なんでこんなところに遮断機があるのだろうと、不思議に
思いながら歩いていると、突然、警報がなり始めて遮断機が降りてしまった。そして、しばらくすると
道路だと思っていたところが半分に割れて持ち上がり始めた。私達が道路だと思っていたのは
実は運河にかかった橋だったのだ。船が来ると自動的に通行を遮断し、持ち上がるようになって
いたのだ。私達はそれを知らずに橋に乗ってしまっていた。幸いに気が付くのが早かったので、
急いで駈け降りて事故にはならなかったが、危ないところだった。後になって大笑いしたのだが、
大笑いで済んで良かった。こんなところで、けがでもしたらどうしようもないところだった。
突然サイレンが鳴って橋が持ち上がり始めた サイエンスミュージアムの受付では全く言葉が通じなかった。あれやこれや話している内に、
やっと日本人だと分かったらしく、日本語版のパンフレットをくれた。これを持って早速、館内に入る。
サイエンスミュージアムは、ただ見て歩くと言うだけのものではなく、自分でさわって体験してみると
いうスタイルの、いかにも実践主義を重んじるアメリカらしいシステムだった。この日は平日にも
かかわらず、たくさんの親子ずれが遊びに来ていた。学校からも集団で来ているのだろうか、
数台のスクールバスがサイエンスミュージアム前の広い駐車場に停まっていた。
なんといっても、圧巻だったのは、最後に見た電気のショーだった。高圧電気の放電を利用した
このショーは、大人にも十分楽しめるものだった。電気の持つ力を色んな形にして見せていた。
音楽と解説のついた見応えのあるショーだった。他にも、時間を決めて様々なイベントがあるようだ。
展示設備の中には大人でも楽しめるようなものがたくさんあった。
館内には、レストランやショッピングセンター等もあり、総合レジャー施設のようになっていた。
日本でも取り入れても良いような施設に対する考え方だと思う。
サイエンスミュージアムの一階(バックは大きな振り子時計) 昼はコープリースクエアで娘と合流した。そして昼食に。今日はベーグルサンドがおいしいという、
この近くの店に行った。ここのベーグルサンドは、日本国内では見たこともないような食べ物で
味も良かった。最近、日本でもあちらこちらで見かけるようになった蒸し焼き風のパンに、
ボリュームのある肉をたっぷり挟み込んである。何しろ大きいので、たった一つをやっと食べ
終わった。近くに座っていたOL風の女の子達は、こんなのをぺろりと食べていた。すごい食欲だ。
アメリカ人の胃袋はどうなっているのだろう。その上に、ジュースのカップが又大きい。食べ物の
値段は総じて安い。そして、ファーストフードの店が大変多い。
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左は超近代的なビル、そのガラス窓に古い教会が映っている、右は市内をパトロール中の騎馬警官 食事の後は、昨日、申し込んでおいたダックスツアーに参加するため乗り場まで歩いて行く。
夏の太陽は容赦なく真上から照りつけてくる。私は水やレモネードばかり飲んでいた。ダックスツアー
の車は水陸両用車だった。街の中では自動車として走り、チャールズリバーではそのまま船となる。
いかにもアメリカらしい乗り物だ。街の中で物珍しげに見上げている人がいると、運転手の合図で
乗客の私達が一斉にクア、クア、クアとアヒルの鳴き真似をして愛嬌をふりまく。そうすると、
道行く人も笑いながら愛想良く手を振ってくれる。
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ダックスツアーの車中より(左は水上、右はビルの窓に映った私達の車) 暑さと観光案内の英語が全く理解できないのとの両方で、車の上でついうとうととしてしまい、娘に
叱られてしまう。今にして思うと、この頃、時差ボケと旅の疲れとが、一気に出てきていたのでは
ないだろうか。ツアーの車を降り、夕食までの時間、家内と娘は買い物に、くたびれ果てた小生は、
二人の帰りを待っている間、またベンチで一眠り。この町は実に安全で、居眠りをしていても手荷物
などを奪われる心配はないようだ。周辺のベンチでも、いろんな人達がくつろいでいる。
二人の買い物が終わり、夕食を予約していたレストランに行ってみる。娘の通う学校の友人である
デュワイトと待ち合わせ、予約してあった席に着く。デュワイトは娘に教わったという、たどたどしい
日本語で挨拶をしてくれる。娘とは英語勉強でのランゲージパートナーだという。ランゲージパートナー
というのは、英語を勉強する上での先生のような立場の人らしい。
娘の話では、コリアン2世でアメリカでは有名校だというイエール大学を卒業した社会人1年生とのこと。
今は法律事務所に勤めていて、新しい勤務地のニューヨークに近々行くのだと言っていた。
食事をしたこのレストランは有名なレストランらしく、予約をしておかないと席にはつけない。この日も
満席で席が空くと、すぐ次の客がボーイに案内されて入ってくると行ったような大盛況だった。
ここボストン周辺の海はロブスターで有名な所らしい。ボストンに来たら、是非一度ということで、
食べてみたのだが、私には正直言って、最初に出たスープの方がおいしかった。日本の蟹に比べると
大味で期待をしたほどのものではなかった。
食事の後、はるばる日本から持ってきた、重い荷物だったアルバムをデュワイトに見せた。
アルバムはデュワイトが関心を持っていた、果樹などの写真を貼り付けたものだった。こうして、
娘の通訳で、多少気心の通うようになった楽しいひとときも、あっと言う間に過ぎてしまった。
私達は食事をしたレストランのある建物の入り口で別れた。別れ際に、仲良く記念写真を撮った。
二度と会うことはないであろうが、デュワイト君お元気で。
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