横溝正史の世界


思いがけないことがきっかけで、過去に読んだことのある横溝正史の色んな小説を思い出すことになりました。
先日、児島図書館に立ち寄った際、図書館の方から午後講演会があるので聞きに来てくれませんかという誘いが
ありました。広告には「名探偵の愛した岡山」と書かれていました。講師は網本善光さんという方でした。網本さんは
「創元倶楽部」というところに所属されている方です。
横溝正史と言えば、ご存じの方も多いと思いますが、「八つ墓村」や「悪魔の手毬唄」など、おどろおどろしいタイトル
の小説を数多く書かれた作家です。私も一時期、横溝さんの小説に魅せられた事がありました。それこそ横溝さんの
書かれた小説を次から次へと読みあさりました。
横溝さんは、すでに亡くなられましたが、戦時中の一時期、岡山県の真備町に住んでおられました。私がその事を
知ったのはつい最近の事です。横溝さんのお父さんが岡山県出身の方だそうで、そんな縁から東京の空襲を避け、
真備町に疎開をされていたらしいのです。真備町には今でも、その当時、横溝さん一家が住んでいた家があり、
横溝さんの散歩道が「金田一耕助ミステリー遊歩道」になっているようです。
網本さんの話は横溝さんのプロフィールの紹介から始まって、書かれた本の紹介、そして、その舞台となった歴史的
な遺跡や町の話などでした。しかし、意外だったのは、横溝さん自身は非常に出不精な人で、実際にその地を訪れた
事はほとんどなく、もっぱら人の話などを参考にしながら書かれていると言うことでした。しかし、その地に行ったか
どうかは別にして、その地をイメージして書かれた事には間違いはないようです。
それにしては実にリアルに表現されており、まさしく、その地にいるような感じさえしますから、作家の想像力というのは
実に豊かなものだと感心させられます。横溝さんは散歩中でも考え込むことが多く、そんな時には着物の帯を引きずって
いようが、近所の人が挨拶をしようが全く眼中にはなかったようです。恐らく頭の中には、取り組んでいる小説の世界が
広がっていて、何も見えないような状態だったのではないでしょうか。それ位、ストーリーを考えるときには集中をして
いたようです。
事件の謎解きは、まるで手品のトリックを見るような感じさえします。ミステリー小説には、誰も思いつかないような
トリックがないと面白さがありません。雪の日に足跡もなく密室の殺人など、どう考えても思いつきません。そんな世界
だからこそ、横溝ミステリーに引き込まれて行くのかも知れません。
横溝ミステリーにはおなじみのぼさぼさ頭の金田一耕助が登場します。彼の服装は毎回同じです。登山帽によれよれ
の着物と袴、下駄履きという出で立ちです。外見とは裏腹に事件を推理し解決していきます。その手腕には毎回感心
させられます。金田一耕助は小説を書いている横溝さん自身ではないでしょうか。横溝さんの分身となった金田一が
事件を推理し、謎解きに挑むのです。小説の中に自分の分身を作り、自分の考え出したトリックをあばいていくという、
その面白さは作家自身でなければ味わうことの出来ない面白さであり、痛快さではないでしょうか。読者はいつしか
横溝マジックの中にはまっていくのです。
何かしら今回の話を聞いて急に横溝さんの小説を読んでみたくなりました。網本さんは子供さんを連れて来られました。
講演に子供連れというのも珍しいことですが、彼の出で立ちが金田一耕助そのものなのです。彼の希望は、この姿で
映画のロケ地となった八塔寺村のたんぼ道を歩いて見ることだそうです。
2003年7月12日掲載
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