本年度も友歩会の活動を開始しました。
友歩会は参加自由の気楽な団体です。季節を追いながら、楽しく近隣の野山を歩いています。
夏には一泊して自炊をするような企画も考えています。このページを読まれて参加してみたいと思われる
方がおられましたら、気軽にメールにてお知らせ下さい。お待ちしています。
6月11日の「下津井城周辺を歩く」は終了しました。歩く会は秋までお休みです。
8月5日にはビアパーティーを予定しています。
島二つ隠してしまひ春霞 勝利 ![]()
西行さんの銅像の前で 渋川より遠く瀬戸大橋を望む
2000年2月2月27日撮影
2月最後の日曜日、総勢15名で王子ヶ岳の海岸から渋川の海岸までを歩きました。
当日は寒くて風も大変きつい一日でした。当初、参加者は20名をこすかと思われましたが、前日になって行かれないと
いう人が何人か出て、少し寂しい2000年の初歩きとなってしまいました。
沖には白波のたつような風が吹き、背中を押されるようにして出発しました。引き潮でしたので極力砂浜を歩くように
しました。この日を待ち望んでいたかのように若者達がウインドサーフィンに興じていました。
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強風の中ヨットサーフィンをしている若者達 干しわかめがちぎれて飛んでいる
2000年2月27日撮影
干したワカメが強風に引きちぎれそうになりながら舞っていました。海岸には切れた生ワカメがたくさん流れ着いていました。
風のきついことをのぞけば天気は良く、空気は新鮮で心洗われるような海岸でした。4キロメートルは歩きなれた我々
にとってはあっという間の距離でした。予定よりかなり早く着いて、西行岩のところで一休みしました。
ここはその昔、西行法師が四国行脚の際、船待ちのために立ち寄った所です。
西行さんはここで次のような歌を詠んでいます。
「下り立ちて浦田に拾う海士の子はつみより罪を習うなりけり」
貧しい海士の子供達がつみという名の貝を拾って生活の糧にしているのを見て、哀れさを感じて歌に詠んだようです。
殺生をしなければ生きてはいけない人間の業の深さを感じたのでしょうか。
西行法師が立ち寄った日もこの日のように海が荒れていたに違いありません。私達はいにしえに思いをはせながら、
この場所を後にしました。
渋川海岸は19号台風の際、遊歩道が壊れてしまいました。そして海岸の砂が沖に持っていかれ、年ごとに少なくなっていました。
遊歩道の修復をすると共に、外国から砂を買って新しい砂浜を取り戻しました。
一時は枯れかけていた松林も松を補植して昔を取り戻しつつあります。渋川海岸は「日本の渚百選」にも選ばれています。
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きれいに整備された海岸 近くの山から海岸を見下ろす
2000年2月27日撮影
広く開けた海岸からは大槌島や四国が間近に見えます。目の前のたてば島やその向こうには瀬戸大橋が小さく見えます。
海岸近くの小高い丘に立てば、さらに展望は開け、写真のように渋川海岸が一望でき、王子ヶ岳が目の前に広がります。
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間近に見える大槌島 海に向かって左手に王子ヶ岳の国民宿舎と王子ヶ岳
2000年2月27日撮影
海から吹き付ける風は大変冷たいのですが、風の陰になるところは小さな日溜まりとなり、嘘のように暖かいのです。
ここで昼食をとり、渋川を後にしました。変わりやすい早春の天気は急速に雲が広がり、小雪が舞い始めました。
一旦国民宿舎前の駐車場まで引き返し、車で王子ヶ岳山頂に移動しました。
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王子ヶ岳山頂にて 山頂の大岩の間から海岸を見下ろす
2000年2月27日撮影
山頂には巨岩や奇岩が多く、瀬戸内海が眼下に広がり素晴らしい眺望です。沖を眺めていると先ほど降り始めた
小雪が黒い帯となって島にかかるベールのように見えます。木々の間には目白たちが鳴き交わし集団となって移動しています。
もうすぐ瀬戸内海も春です。春の訪れが待たれます。
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